研究内容

I. 分子間相互作用を利用した結晶設計(クリスタルエンジニアリング)

固体における分子間相互作用,特に方向性を持つ種々のタイプの水素結合(D-H...A; D = O, N, C; A = O, N, Cl, Br, I)が,分子の凝集の際にどのような役割を果たしているかを実験的に解明し,そしてその分子間相互作用を自在に使った分子組織化を最終的な目的として研究を行っています。磁気共鳴法(核磁気共鳴(NMR),核四極共鳴(NQR)),単結晶X線回折,熱分析(DTA,DSC,TG)などの実験から得られる分子運動,固相-固相間相転移や結晶構造についての情報をもとに分子間相互作用の解析を進めています。

1)クロラニル酸と各種アミンからなる結晶構造と水素結合に関する系統的研究


クロラニル酸

クロラニル酸は2価の有機酸で,2つのOH基が反対側に伸びた対称性の良い形状のため,多くの種類の塩基と水素結合によって安定した結晶を作ります。そして,塩基の種類や酸・塩基の組成比によって結晶中に様々な分子間・分子内水素結合が形成されるため,非線形光学特性や強誘電性など水素結合に起因するさまざまな機能性をもった物質の構成要素となる分子として注目されています。 また,塩基の強さにより分子間水素結合中の水素が動的無秩序状態になるなど変化に富むこと, 35Cl核のNQR(核四極共鳴)や1H, 2H核のNMR(核磁気共鳴)などの方法で分子の電子的状態が調べやすい,などの特徴をもつため,水素結合の状態解析を行うためのモデル化合物として優れた分子です。
当研究室では,クロラニル酸とピリジン類,アミン類などの窒素化合物等の有機塩基から結晶を作製し,その構造と電子状態の解析(X線回折,NQR,NMR等)より水素結合の状態を調べています。現在,有機塩基の塩基性度,分子の形,分極能によって,どのような水素結合がどの程度の強さを持ち、構造とどのような関係があるのか,また,水素結合に関わる水素の状態がどのように変化するかなどが明らかになりつつあります。

単結晶X線構造解析より求めたクロラニル酸―1,2-ジアジン(1/2)化合物の分子構造(上図)。酸素原子(O2)と窒素原子(N1)間に短い水素結合(O...N = 約2.55 Å)が形成され,水素結合中の水素原子(プロトン)は酸素側(H2)と窒素側(H1)を飛び移っている無秩序状態にある。212 Kで測定したX線回折データよりもとめた差電子密度図(下図)。電子密度の高い所が赤く示されている。

2)安息香酸類と各種アミンなどからなる結晶構造とプロトン移動に関する系統的研究

酵素反応など生命現象に関わる反応系においては,水素結合,特に異種核間(たとえば酸素と窒素原子)のヘテロ水素結合やオキソニウムイオン(H3O+)を通してのプロトン移動が重要な役割を担っています。そしてこれらの反応機構を解明するためには単純かつ詳細な情報を提供しうるモデル化合物が必要不可欠であると考えられます。モデル化合物の構成要素としては1)のクロラニル酸も興味深い候補ですが,カルボキシ基(-COOH)をもった有機酸は更に生体に近く有力な候補と言えます。安息香酸類はそのベンゼン環に種々の原子や官能基を付けることによりその酸の強さを変えることができます。種々の強さを持つ有機酸と有機塩基の組み合わせをつくると、以下のような三種類の水素結合が出来ると思われます。

当研究室では,はてな(?)の所の水素原子の挙動を単結晶X線回折や磁気共鳴法で解析することによって,プロトン移動の解明を進めています。

2-クロロ-5-ニトロ安息香酸-キノリン(1/1)化合物(I)と
3-クロロ-2-ニトロ安息香酸-キノリン(1/1)化合物(II)の結晶構造と
水素結合部分の差電子密度図

他にジカルボン酸との分子性結晶などについても多くのデータを所有しており、また分子間水素結合で構築された液晶物質についての研究なども進めています。X線や中性子回折は結晶構造や分子構造の解析において非常に有力な手段ですが,それだけでなく,NMRやNQRから得られる動的情報や電子状態の情報より,結晶の真の構造,状態に近づく研究を行っています。

II. 磁気共鳴分光学を利用した細孔物質や電池材料のナノ構造の解明

・ナノ空間の構造や環境を解明することをテーマとして、細孔物質(物質の中にたくさんの小さな穴=細孔をもった固体材料)の内部空間や、黒鉛などの層状化合物の層間に吸蔵された分子やイオンの状態、動的挙動、および内部空間の表面状態などを、NMR法、熱分析法その他の方法で研究しています。内部空間への導入(インターカレーション)は電池電極反応とも密接な関連があるため、二次電池(リチウムイオン電池等)の電極材料の解析も積極的に進めています。

1)NMR(核磁気共鳴)分光法によるリチウムイオン電池、ナトリウムイオン電池電極の状態分析

最新のリチウム二次電池負極炭素材料に吸蔵されたリチウムの状態を解明しています。Li核の固体NMR法などの方法で、充電量の変化とそれに伴うリチウムの吸蔵状態の推移との関係を調べています。また、リチウムイオン電池の次世代の電池として注目されているナトリウムイオン電池について、その電極に含まれるナトリウムについてもNa核のNMRによる研究を行い、電池開発に貢献しています。最近では電池の「その場観測(オペランド解析)法」も積極的に用い、過充電時にどのような変化が電極内で生じ、どのように金属が析出するか、というメカニズムを解析し報告しています(論文2020-(3)等)。測定には当研究室の固体NMRのみならず,共同研究として学外の装置での測定も行い、広く横断的に研究を進めています。

 
黒鉛(左)および非晶質炭素(右)へのリチウム吸蔵モデル


オペランドNMRによるハードカーボン負極の過充電過程解析(論文2020-(3))

2)NMRによる黒鉛層間化合物内の表面状態やダイナミクスの観測

F核のNMRを用いて炭素材料表面のフッ素の結合,電子状態を調べています。最近、黒鉛とフッ素含有分子からなるアクセプター型黒鉛層間化合物(GIC) についての高速マジック角回転NMRから、GIC内の黒鉛に直接結合した微量のフッ素の信号を観測し、その結合状態を明らかにすることに成功しました(論文2011-16)。また、ドナー型GIC層間に導入された有機分子の挙動を調べるなど、インターカレーションケミストリーの基礎的な研究を行っています。


黒鉛(左)と黒鉛層間化合物(右)


層間内部分子の吸蔵モデル

3)炭素材料の129Xe NMRポロシメトリーによる細孔解析

アモルファス(非晶質)炭素や層状炭素の内部構造を129Xe NMRポロシメトリー(細孔解析)法を用いて調べています。キセノンのNMRシフト値は細孔構造や温度,圧力を反映して変化するため、窒素ガスなどの吸着等温線測定では得られない内部細孔の状態を知ることができます(論文2009-1,2008-2)。

このほかにも、炭素材料をはじめとする各種機能性化合物について、NMR以外の各種の物理化学的手段も併せ用いながらナノ構造の解明に取り組んでいます。

III. 新規細孔性炭素材料の開発

・ナノ構造解明の過程で作られた新規炭素材料の開発にも取り組んでいます。

1)金属担持炭素薄膜材料の開発

各種貴金属を中心とする金属および金属酸化物(白金,パラジウム,ルテニウム, 金,銀, 銅,コバルト等)のナノ粒子がグラフェン表面に分散したこの炭素材料は、燃料電池の酸素還元触媒特性や各種有機化学反応における触媒活性などを示すことがわかっており、新しい材料として期待されています。従来の一般的な含浸法とは異なる方法で作製されており、特に微細なナノ粒子を炭素表面に強固に担持することができます。特に最近では、ナノ粒子よりさらに小さい微小クラスターや原子一つ一つを炭素薄膜表面に規則的に配置することにも成功しており、その用途開発にも取り組んでいます。


炭素薄膜表面に白金(左)、パラジウム(右)のナノ粒子が分散した材料(論文2009-2)


炭素薄膜表面に規則的に配列したロジウム原子(論文2012-3)

2)新規多孔性炭素の開発

生物由来材料などを用いた炭素の多孔質化にも取り組んでいます。また、金属酸化物等と炭素質の複合化とその応用も行っています。

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