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最近の研究紹介 (錯体化学研究室)

記録日 : 2020年01月30日 | 更新日 : 2020年03月23日

鏡像体は左右同じ量が生成するとは限らない

分子(またはイオン)の中には、右手と左手の関係のように、ある構造とその鏡像の関係にある構造を互いに重ね合わすことができないものがある。この関係を鏡像異性(または光学異性、対掌性)という。不斉炭素原子を持つ有機化合物がよく知られた例であるが、金属錯体の場合には、不斉炭素原子を持たない(つまり、光学活性ではない)有機物を用いた場合にも、その配位結合によってキラリティ(対掌性)を生じる場合がある。図1に示す三脚状の構造を持つ有機分子が金属イオンに配位する場合にも、その三脚部分のねじれによりキラリティが発生する。

これまで、左右を決める因子が何もない原料(条件)から、キラリティを有する分子を合成する場合、左右の鏡像関係にある生成物は同じ割合で得られると信じられてきた。おそらくこの仮定は正しいであろう。しかし、我々が生きている世界では、明らかにキラリティに偏りが生じている。例えば、我々を含む生命体の構成成分であるアミノ酸や糖類は、片方の鏡像体のみでできている。自然界におけるキラリティの起源は、今なお残る重要な未解決問題の一つである。

さて、我々の研究室では、図1に示す有機分子を含むマンガン(II)、鉄(II)、ニッケル(II)、亜鉛(II)の金属錯体の塩 [M(H3L)]Cl(ClO4)(図2)を合成し、その結晶化挙動を調べた。この化合物の結晶は、自然分晶(spontaneous resolution: すなわち、右手の分子はそれだけで集まり右手系の結晶を、左手の分子もそれだけで集まり左手系の結晶を別々に析出する現象)を示した。通常の自然分晶では、右手系の結晶と左手系の結晶は同数できるはずである。我々は、一度の実験で析出した結晶を10粒ずつ取り出し、その結晶のキラリティをCDスペクトルという方法で調べた。その結果(図3)、予想とは異なり、いずれの場合にも右手系結晶の割合と左手系結晶の割合が1:1ではなかった(正のCDスペクトルと負のCDスペクトルを示した結晶の数が明らかに異なっていた)。

この左右不均衡を確かめるため、一回の結晶化実験により生成した結晶を全て集めて、再度CDスペクトルを測定した。もし右手系結晶と左手系結晶が同量析出していれば、CDスペクトルは打ち消しあってほぼ観測されないはずである。結晶化実験を10回以上繰り返し、その都度析出した結晶を全て集めて測定したCDスペクトル(図4)は、いずれの場合も析出した結晶に左右不均衡が生じていることを示した。さらに興味深いことに、ニッケル(II)、亜鉛(II)錯体の場合、10回以上行った再結晶実験で、常に同一のキラリティの偏り(対掌体優先性)があることがわかった。我々の観測結果を模式化すると図5のように示すことができる。

今回の研究で発見した左右不均衡が発生する理由はまだわかっていないが、当たり前だと思われていたことが当たり前ではないことを実験で示すことができた。また、金属イオンの違いにより、対掌体優先性の発現に違いが生じることも見いだした。この発見は、自然界におけるキラリティの起源を解明する一歩となるかもしれない。

 

発表論文:

Transition-metal(II) complexes with a tripodal hexadentate ligand, 1,1,1-tris[2-aza-3-(imidazol-4-yl)prop-2-enyl]ethane, exhibiting incomplete total or absolute spontaneous resolution”, M. Matsushima, K. Wada, Y. Horino, K. Takahara, Y. Sunatsuki and T. Suzuki, CrystEngComm. 2020, 22, 458–466.

 

Fig1

図1 今回の研究で用いた配位子 H3L.

Fig2

図2 合成した金属錯体の分子構造 (a) [Mn(H3L)]Cl(ClO4), (b) [Fe(H3L)]Cl(ClO4).

Fig3

図3 1度の再結晶実験で析出した10粒の結晶を用いて測定したCDスペクトル (a) [Mn(H3L)]Cl(ClO4), (b) [Fe(H3L)]Cl(ClO4), (c) [Ni(H3L)]Cl(ClO4), (d) [Zn(H3L)]Cl(ClO4).

Fig4

図4 10回以上行った再結晶実験において、析出した結晶を全て集めて用いて測定したCDスペクトル (a) [Mn(H3L)]Cl(ClO4), (b) [Fe(H3L)]Cl(ClO4), (c) [Ni(H3L)]Cl(ClO4), (d) [Zn(H3L)]Cl(ClO4).

Fig5

図5 実験した化合物の結晶化挙動の模式図:青色と赤色で右手系結晶と左手系結晶の違いを示す。マンガン(II), 鉄(II)錯体はincomplete total spontaneous resolution(不完全全自然分晶)を、ニッケル(II), 亜鉛(II)錯体はincomplete absolute spontaneous resolution(不完全絶対自然分晶)を示した.

 

 

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